小野恵美子プロフィール

1944年(昭和19年)0才
福島県石城郡内郷町(現・福島県いわき市内郷)に生まれる。父・佐市は常磐炭砿で労務・人事を担当。

1952年(昭和27年)8才
当時、常磐炭砿の常務だった中村豊が「炭砿の子供たちの情操教育のために」と、常磐バレエ教室を開く。恵美子は、妹とともにバレエを習い始める。先生は、石城郡湯本町(現・いわき市湯本)出身で、東京都中野区野方で横山・香取舞踊スタジオを開いていた香取希代子。恵美子は高校3年までバレエ教室に通い続けた。

1959年(昭和34年)15才
磐城女子高等学校に入学し、ダンス部に入部する。

1962年(昭和37年)18才
磐城女子高等学校を卒業し、常磐炭砿東京本社に入社。
恵美子は仕事帰りに横山・香取舞踊スタジオで踊りのレッスンを受ける。当時はハワイアンブームで、東京本社近くにはハワイアンバンドの演奏を聞かせるライブハウスがあった。

1964年(昭和39年)20才
常磐炭砿東京本社の忘年会の余興で、習っていた踊りを披露。それが副社長の中村豊の目に留まり、後日、人事課から常磐ハワイアンセンター附属常磐音楽舞踊学院の一期生になることを誘われる。

1965年(昭和40年)21才
常磐市(現・いわき市)大字湯本字上浅貝に全寮制の常磐ハワイアンセンター附属常磐音楽舞踊学院が開校。恵美子らが一期生として入学。フラ、タヒチアンダンスを早川和子、佐竹紀久子、フラメンコを香取希代子に学ぶ。
同年7月から東京から青森まで主要都市30ヵ所をキャラバンで訪ね、自主公演した。
同年12月6日 東京・大手町のサンケイホールで旗揚げ公演が行われる。昼夜2回の公演はどちらも2千の客席が満席になり、補助イスを出すほどだった。

1966年(昭和41年)22才
1月15日 常磐ハワイアンセンターがオープンする。

1971年(昭和46年)27才
結核を患い、1年間、福島労災病院に入院する。

1976年(昭和51年)32才
結婚のために常磐ハワイアンセンターを引退する。
同年12月 横山・香取バレエ研究所附属エミ・バレエ教室(現・RedStorySchool)を開校。

1979年(昭和54年)35才
エミ・バレエ教室の初めての発表会をいわき市文化センターで開く。

1984年(昭和59年)40才
本部スタジオ(福島県いわき市平)新築を機にエミ・バレエ教室からエミ・バレエスクールへ改名。
この頃からフラを教え始める。
また、エミ・バレエスクールの舞踊の基本をまとめた、舞踊三訓を定める。

1985年(昭和60年)41才
香取希代子とスペインを二十日ほど旅する。

1986年(昭和61年)42才
舞踊ひとすじ20周年記念公演「女の悲哀」をいわき市文化センターで開く。

1988年(昭和63年)44才
エミ・バレエスクール10周年記念公演「舞踊と吹奏楽の響宴」を平市民会館(福島県いわき市)で開く。
いわきシンフォニック・ウィンド・アンサンブル、山崎典子のピアノ、小野恵美子舞踊団ギタリストたちの演奏でフラメンコを踊る。

1990年(平成2年)46才
舞踊ひとすじ25周年記念公演で創作フラメンコ「雪女」をいわき市文化センターで初演する。

1992年(平成4年)48才
2月1日 「雪女」を三越劇場(東京都中央区日本橋)で公演。
7月8日 「雪女」を郡山市民文化センター(福島県郡山市)で公演。
10月22日 「雪女」をいわき市文化センターで公演。

1993年(平成5年)49才
10月21日 平成5年度文化庁芸術祭参加作品として「雪女」を芝公園ABC会館ホールで公演。

1996年(平成8年)52才
舞踊ひとすじ30周年記念公演で創作フラメンコ「隠れキリシタン『哀歌』」をいわき市文化センターで開く。

1997年(平成9年)53才
エミ・バレエスクール20周年記念公演「くるみ割り人形(全幕)」を平市民会館で開く。
スパリゾートハワイアンズ附属常磐音楽舞踊学院の教授に就任する。

1998年(平成10年)54才
「隠れキリシタン『哀歌』」を仙台市のイズミティ21で開く。

2001年(平成13年)57才
TBCハワイアンフェスティバルを仙台サンプラザホールで初めて開く。

2004年(平成16年)60才
常磐音楽舞踊学院40周年記念東京公演が中野サンプラザ(東京都中野区)で開かれる。
10月13日 舞踊ひとすじ40周年記念公演「カルメン」を平市民会館で開く。

2005年(平成17年)61才
レイモミ小野フラスクールがハワイで開かれたフラの世界大会「ホノルル・フラ・コンペティション2005」で最もレベルの高いワヒネ部門で優勝。レイモミシスターズの4人が踊った。
11月20日 「カルメンのささやき」仙台公演を仙台サンプラザホールで開く。

2006年(平成18年)62才
1月 映画「フラガール」の撮影が始まる。毎朝早朝に石川郡古殿町の木造校舎の撮影現場に通い、指導・助言する。3月中旬までいわき市を中心にロケが行われた。
4月13日 「カルメンのささやき」郡山公演を開く。

2009年(平成21年)65才
4月1日 エミ・バレエスクールから「RedStorySchool」に名称を改め、バレエ、フラメンコ、ポリネシアンダンスと、広い視野で活動できるダンススクールを目指す。
4月4日 舞踊ひとすじ45周年記念公演「常磐ハワイアンセンター物語[フラメンコ編]~スパニッシュガール~」をいわき芸術文化交流館アリオス大ホールで開く。
6月24日 舞踊ひとすじ45周年記念公演のDVDを持って、英人とともに東京都中野区野方にある香取希代子の自宅を訪ねる。
7月13日 香取希代子が東京都中野区野方の自宅で亡くなる。享年98才。
8月29日 香取希代子の追悼公演が日本フラメンコ協会主催で東京・中野ゼロホールで開かれる。
12月5日 第39回いわき民報賞を受賞する。受賞式はホテルハワイアンズで行われる。

2010年(平成22年)66才
恵美子の発案で、いわき市の市民団体有志による全国高等学校フラ競技大会「フラガールズ甲子園」実行委員会設立。初代会長になる。

2011年(平成23年)67才
3月11日 東日本大震災が発生。恵美子らは本部スタジオ隣の事務所にいたが幸い無事だった。
9月4日 第1回フラガールズ甲子園を東京・アキバスクエアで開催。震災の影響でいわきから東京へ変更。

2012年(平成24年)68才
1月1日 常磐音楽舞踊学院の顧問に就任。
7月1日 「レイモミポリネシアンフェスティバル2012 絆で結ぶフラとオリタヒチの祭典」を仙台サンプラザホールにて開く。震災後、初めての発表会となる。
8月19日 第2回フラガールズ甲子園がいわき芸術文化交流館アリオス大ホールで開催。
9月30日 RedStorySchoolダンスフェスティバル2012をいわき芸術文化交流館アリオス中劇場で開く。

2013年(平成25年)69才
恵美子は病気療養のため、自宅や介護施設などで過ごす日々が続く。
発表会や新年会などには顔を出して、生徒の皆さんを和ませる。
4月13日 エミ・フラメンコアカデミア仙台発表会を宮城野区文化センター(仙台市宮城野区)で開く。
4月28日 RedStorySchoolダンスフェスティバルを郡山市民文化センターで開く。
8月25日 第3回フラガールズ甲子園がいわき芸術文化交流館アリオス大ホールで開催。
11月17日 ホアロハレイモミ2013をスパリゾートハワイアンズビーチステージで開く。

2014年(平成26年)70才
2月21日 恵美子、70才の誕生日をフラメンコの生徒さんにお祝いされる。

(踊るこころ 小野恵美子の歳月を参照)